明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

パリの北

 

 

 朝、目覚めると、久しぶりの快晴で、太陽が部屋に差し込んでいる。ヴァンセンヌにあるカルトシュリーという太陽劇団の劇場に行くつもりだったが、予定を変更して、森に行くのもいいなあと思った。去年持ち帰った石を見た友人が、これは化石だ、1億年くらい以前のものだ、と言った。それ以来、素人の私も、石の採集に興味が出てきた。日本では

ああいう石はない。

 吉田さんから、夜遅く帰ってくる私を心配して、何度か電話があった。昨夜も帰って食事をしている最中に電話があった。

 パレロワイヤル界隈を歩いていて、コートに何かをかけられた。コートを脱ぐように催促され、もう一人の存在に気づいて、泥棒の手だとわかったとおっしゃる。換金しているのを見ていたのだろうと。最近、4人くらいの男達に囲まれて、財布を盗られたので、私にくれぐれも気をつけるように、との電話があったばかりだった。

 

 吉田さんに電話をしてから、おにぎりと簡単なおかずを作って、持って行った。あれだけお天気が良かったのに、南の方に雨雲があらわれているので、森はやめて、吉田さんが案内したいと言われる、北のアラブ人地区を歩くことになった。パリは北に行くと、アラブ人や黒人が住む地域になる。パリの中心にはない雰囲気があっておもしろい、と。

 

 パリの北には、まだ昔の家が残っている。中心部は全て、ビルになってしまっているが、庭のある家が、並んでいる地域があって、今では、高級住宅地のように貴重なものになっている。

 

 19区の市庁舎の前にある、公園が素晴らしかった。池を挟んで、回りを一周する間に、鍾乳洞の洞窟があって、滝が流れている。吉田さんは良く来られるのだそう。杖をついた老婦人が、毛皮のコートに身を包んで、ゆっくりと歩いて公園を散歩している。彼女が突然話かけてこられた。

 「崖を駆け上った男の子がここに落ちて亡くなった所よ。今朝は太陽が一杯だったから、出てきたのよ。」

老婦人はまた、ゆっくりと、踏みしめるように、杖を頼りに歩いていかれた。

 バスに乗り、モンマルトルの丘に登って、そこから95番のバスで吉田さんのアパートに帰ろうとバス停までくると、ベンチに腰をかけていた男性が、「ストでバスは来ないですよ。」と言う。確かにバスの案内にも、そういう文字が出ていた。けれど、モンマルトルの丘にあがる前には、95番が走っていた。80番は走っているので、そこに行くと、やはり同じ文字が出ている。95番の停留所に戻ってみると、向こうからバスが来るのが見えた。その男性は、「運が良かったですね。」と。そうではなく、掲示板が間違っていたのだ。

 

私は歩きすぎて、疲れているのに、吉田さんは、もう少し、見せたいところがあるから、と随分歩くことになった。アパートで、手早く食事の用意をしてくださった。吉田流のサラダはこんなものだ、とおっしゃる。エビを焼き、私が持参したニシン、焼いたパンをいただいた。吉田さんは、毎日、昼と夜にワインを飲むので、一日中飲んでいる計算になる。 健脚で、肝臓も強く、体力も、頭も、全てお元気だ。アンティックの店が好きで、見れば買うのだそう。見渡せば、目利きのすぐれたものばかり。頭上のシャンデリアは、ナポレオン3世の部屋にあったパーツのよう。ワイングラスは、サンルイ、バカラなど。割られる事が多いのに、そういうことにも全く動じない。割れるものだから、と。