明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

スーパー歌舞伎、ヤマトタケル(松竹座)

 

お馴染みのスーパー歌舞伎の中でも、定番中の定番で、私はこれまでに、市川猿之助が、ヤマトタケルを演じる舞台を 何度か観て来た。猿之助が、病に倒れ、再び舞台復帰が無理だろうと言われた頃には、新しいスターが育っていた。三国志で,頭角を現した市川段治郎と、猿之助に、少しでも近づきたいと芸道に励んできた、市川右近だ。

 背が高く、美男の、段治郎の人気の陰で、地味だと思われた市川右近は、今回の「ヤマトタケル」で、猿之助の影武者のような演技を披露している。言葉遣い、声色、せりふ回しに至るまで、猿乃助の再来を思わせる。踊りの名手である。猿之助には及ばないけれど、それでも充分、歌舞伎役者としての実力は備わっている。

 猿之助は、背が低いので、舞台の上で高下駄を履いているのが気になっていた。右近は、そういう細工をする必要がないので、動きも大胆で若わかしく、自然だった。

  

 舞台の冒頭での、早変わりは、まるで手品を観ているようで、2秒ほどの間に、鬘と衣装をどう取り替えることが出来るのか信じられない。それが何度も繰り返されるのだからすごい。猿之助は、早変わりを得意としていた。それが、右近によって、更に秒を縮めて、オリンピックを思わせる。

 舞台の演出、舞台装置、アクロバットや、衣装も、更にダイナミック、豪華絢爛さを増しているのは、舞台に立てない座長が、舞台作りに命をかけて取り組んでいるからだろう。

猿之助が描いた、色紙絵がロビーに飾られている。鏡に映る自らの化粧した顔を描いたもので、舞台に立つことの出来ない、猿の助のフアンへのサービスなのだろう。一芸に秀でる人は多芸だ。

  

 猿之助ヤマトタケルを何度か観ているので、右近が、そっくりそのままの演技を継承しようとしているのはわかるのだけれど、猿之助のように、心を動かされるまでにいかない。猿之助を観てきたからかもしれない。真似ているという思い、そっくりだという意識が消えないからだろう。初めて観る人は、そういう潜入感がないので、猿之助を継承した、歌舞伎の伝統である、肉体芸を観て感激したに違いない。

  

 最後に、ヤマトタケルが死後、鳥になって天界に登っていく様は、舞台でも一番の見せ所ではあるが、これは素晴らしかった。二階の一番前の席で、しかも花道の上なので、最上の席から、鳥肌がたつように、天かける白鳥になったヤマトタケルを見つめることが出来た。この一瞬を観るだけでも、足を運んだ値打ちがあった。

 「ヤマトタケル」は昼夜の入れ替えで、主演のヤマトタケルを、右近と段治郎が演じている。段治郎のヤマトタケルは、彼独自のスタイルで演じているだろう。歌舞伎の芸からいけば、形も、踊りも観ていられない所はあるけれど、スーパー歌舞伎ならぬ、スーパー歌劇なら、魅力充分だと思う。猿之助が、歌舞伎界に縁のない人達を、歌舞伎の世界で活躍出来るようにと養成した 俳優達ばかりの劇団なので、歌舞伎役者というよりも、男宝塚歌劇のように、新しいスターが生まれている。そのことがスーパー歌舞伎の真骨頂なのだと思う。

堺大島大社のヤマトタケル

 亀治郎が、今や歌舞伎界ではなくてはならぬ存在でひっぱりだこになっているので、なかかな、スーパー歌舞伎には出演出来ないだろうが、亀治郎なら、猿之助を超える後継者に相応しいのに、とも思う。

 ちなみに、南座で、能と狂言、歌舞伎のコラボレーションがあるらしい。その中で、亀治郎が、猿之助の18番「安達ヶ原」を踊る。猿乃助の「安達ヶ原」は国宝に値する舞だ。