明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

日本の平和?

 

 今朝のサンデープロで、南アフリカが取り上げれていた。

 豊富な資源で、発展を続ける、南アフリカに、中国が、国家戦略として、人を送り出している。南アフリカに、中華街が出来、多数の中国人が進出し、人口は増えるばかりだ。 反面、日本は、民間レベルでの進出なので、6000人足らずしかいない、という。

 コメンテーターの羹さんは言う。

「日本人が内向きになっていて、外に出ようとしないのが問題だ。海外に出て行かないと、人の交流が出来ない。」

 私は別の角度から、海外に出て行かない若者達、日本人について思う。

日本も、昔は、海の向こうにある世界に憧れて、若者達が出て行った。

パリに何十年も暮らしている従姉妹の話によると、日本の社会から、はじき出された人達が、多くパリや、海外に出て生活をしている。

 被差別を受けた女性達の中で、、日本人通しの恋愛を体験し、お互いに愛し合っていても、周りの差別意識の為に、挫折し、外国人と結婚したり、フランスで暮らしを立てている女性は多い、と聞いた。

勿論、富裕な、恵まれた人達も、パリという華やかな世界に憧れて、生活している。

 パリとは言わず、昔は、日本から、貧困から、一攫千金、出世を夢見て、多くの日本人が海外に移住した。海外での生活は、生やさしいものではなく、人種差別は、甚だしいものであった。人の嫌がる仕事をして、歯を食いしばって、頑張って末に、市民権を得た。

 

そういうことを鑑みれば、日本は、今、なんと平和な国であろうか、充実した国ではないか、と思うのだ。

海外に出て行きたくない、ということを、向上心や、野心、気力のなさ、やるきのなさ、で捉えるべきではないように思う。

その逆なのだ。

 在日の人も、以前の存在した、被差別も、今、日本では、無くなっていることを示してる。平等意識が、浸透しているのだと思う。

今、問題になっている、格差社会、という言葉も、別の観点から見れば、自由に生き方を選択できる社会になっている、ということだ。価値観が多様化出来るようになっている。 豊かな生活をするために、年収200万は必要ない、という若者がいて、地球環境に関心のある若者がいて、スローライフを指向する、中高年の人達がいて、生きられないと自殺する人がいて、誰もが、日本からはじき出されない。いや、出て行きたくないほど充実している。不満感が、ない、ということなのでは?

仕事がなく、インターネットカフェで、暮らしている人もいる。公園で、寝起きし、公共の水道で顔を洗って、スーパーの残飯で食べつないで居る人もいる。

 母子が、生活保護を受けている人達もいる。中には、生活保護を悪用して、だまし取るNPO団体もいれば、もらったお金を、酒や博打、あげくのはてには、麻薬にまでも変身したり。

視点を変えれば、皆、それぞれが、自分の畑を持っている。はじき飛ばされない、城を持っている。居心地がそれほど悪いわけではない。むしろ、良いから、出て行こうとはしない。未来が暗いから、未来に希望がもてないから、内向き指向なのではなくて、居心地が良く、居場所が確保され、それでいて、平等な社会だから、海外に行きたくない、という選択が出来るのだろう。