明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

病は気から

  写真はニューヨーク

母をなんとか、もう少し、環境の整った施設に変えてあげたいと願っている。

6月にオープンした、施設からは、健康診断の結果、入居が許可されなかった。それまで、奔走し、元気だったのが、一度に崩れ落ちた。

今回の気管支ぜんそくは、なかなか治まりそうもない。

人間、病は気からというけれど、確かに。

そういう時には、薬も、吸入器も、アレルギーを押さえる薬も、たいして効果がない。毎日、気力がなくて、ブログは書けないし、寝てばかり。

有り難いことに、お酒が少しもほしくなく、食べ物の味もたいしてしないので、運動は、全くしていないのに、体重を計ると、以前のまま増えていなかった。

毎日、1万5千歩を自らに課して、頑張っていたのは、夢のよう。そんな気力も体も失せている。

 五木寛之が、一度も病院のお世話にならないのは、元々、丈夫な身体に生まれついたのか、原始的な知恵で、ストレスのない生活を実行しているからなのだろうか。

実際、パリ、ロンドンと晴天に恵まれ、紆余曲折はあったものの、すこぶる元気で、町中を歩き回り、日本に帰ってからも、母の新しい施設を見学したり、相変わらず歩く習慣は継続して、車も、バスもほとんど使わずに、快調だった。

ニューヨークに行く前日まで、歌舞伎を観に出かけ、飛行機の中でも、疲れ知らず、ニューヨークに着いて、穴あきベッドで床に寝ている状態でも、翌日は早くから、活動を開始していた。

サプリメントアリナミン、これが抜群に良いのよ。」と身体の元気を自慢。

アリナミンの話題になり、息子がレストランに勤めていた頃、アリナミンを飲むと、効き過ぎて、ハイになり、気持ちが元気になりすぎて、身体が燃えて、働きすぎて困るほどだったという。

母の入居許可を祈って、期待に期待をかけていて、夜中中、連絡が遅いので、何度も日本とメールを交換して、夜が明け、太陽が登り始めた頃、

「だめでした。詳しいことは、帰ってから。」とのメール。

帰るまで、まってなんかいられない。またメールで問い合わせる。

母が、以前に、ステロイドを飲んでいたこと、骨粗鬆の薬を飲んでいるので、転倒すれば、骨折の心配があるので、気をつけるように、と診断書に書かれたいたのが、不許可の主な理由だった。

面接では、好感触で、年はいっているけれど、元気だし、あとは健康診断の結果だけ、ということで、母が気に入った、見晴らしがよく、プライバシーも守られた、快適な部屋も、仮予約で押さえてもらっていた。

 健康診断で、ないと書かれるのか、心配だったので、誰かに取ってもらってから、とも思ったが、どちらにしても同じでしょう、と言われて。

 母は、骨そしょうではない。ステロイドの薬を投与していたので、骨粗鬆になる危険性があるから、と私の方から、医者に出してもらっていた。確かに、母の骨量は、89パーセントくらいしかなかったので、少し落ちてはいたけれど。ステロイドの性かもしれないし、ステロイドは、とっくにやめている。

 そういう話はあらかじめ、面接ではしていたのだが。

結局、新しく開設するグループホームは、入居時に、出来るだけ問題の無い人を入れたいのだ。一月以上、入院すれば、出て行かないといけないという規定はあっても、一旦入れば、そうむげに、出て行ってもらえない。同じ経営母体の、2年くらい稼働している所では、車いすの人も、大変そうな人もいる。

 「出来るだけは、看るようにしています。」との話を聞いていた。

 新しい、これなら、母に良いだろうと期待した、所だったけれど、診断書に、「転べば骨折の危険性あり。気をつけるように。」とのコメントがあれば、責任問題が絡んでくる。 

 医者から、電話があった。

「往診は今日ですが。

「明日だと思ってましたが。」

「明日は、行けないので、今日に。」

「わかりました、施設に言っておきます。所で、診断書で、どこか悪いところがあったのでしょうか。」

「いいえ、検査の結果、どこも悪いところはなかったですが。」

「断られたんです。なんでも、骨粗鬆があって、転倒したら、骨折する危険性があるから、と書かれていたのが、原因とか。

「そんなことで、だめになるのは聞いたことがありません。お年寄りですから、骨折の危険性は誰でもありますから。骨粗鬆の薬は、事実、飲んでもらってますのでね。」

 高い往診料を払い、毎月、血液検査をしているのに、診断書を書いてもらう、となると、 健康保険がきかないから、1万5千円も支払って、許可してもらえないような、書き方 をされて、母は許可されなかった。

 「骨折の危険があるので、気をつけるように」

 「 お母さんに、活発に動いてもらえないし、高齢でもあるので、骨折しても、最後まで看てもらえる所が良いのではないか、との結論になりました。」

 母に会いに行くと、西日があたって、むせるような暑さの部屋で、母は寝ている。

「 クーラーをいれてもらえますか? 」

「皆、寒いというので、クーラーはだめです。おられる間、窓を開けます。」鍵で窓を開けてくれた。風が通ると、少しまし。

「よく、寝ておられる時が多いです。」

昨日は、母の好きなスイカと、山形のサクランボを持って行った。

むんむん暑い部屋の中で、母に食べてもらった。

 洗面もない。テレビも、冷蔵庫も置けない。机を置くスペースもない。

「ここで、寝るだけ。他に何もしていないのよ。」

「誰か来るでしょ。」

「誰も来ない。ひとりぽっち。いつもひとりぽっち。私は、2軒、持ってるでしょ。あそこに帰りたいのよ。もう帰ろうと思っているの。」

「でも、1人で寂しくないの?」

「1人はねえ。ここは気兼ねないから。気楽は気楽。可哀想な、気の毒なひとばかり。ちょっと、覗いて来ようか。何しているかしら。」

 プライバシーのない、全く環境の劣悪な場所でも、母は不幸ではない。私なら、と気をもみ、身を切られるように辛いけれど、「母の世界」を、理解出来てはいない。