明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

お墓参り

 

母とお墓参りに行った。曇りがちの空だったので、熱中症の心配はないかなと思って。

お盆とお彼岸には、母を車に乗せて行っていた。

 今年は、もう少し、涼しくなってから、と思ったけれど、父の言葉が聞こえる。

父が晩年になって、毎年、広島まで、お墓参りをするようになっていた。

 車2台で、出かけたことがあった。アメリカから息子も帰っていて、一緒に。

炎天下、父は草むしりが辛くなって、木陰で休んでいた。

 父が亡くなって、息子は帰って来ると、アメリカに帰る前に、お墓参りをする。

「おじいちゃが、おい、圭 わしが死んだら、こんな風に、草むしりしてくれよ。お墓に詣ってくれよ。」

 父は息子をとても愛していた。息子も、父が大好きだった。子供には無関心だった父が、孫にはああも変わるものか、と感心したくらいだった。

 そんな息子が、吉田さんに初めてあった時に、吉田さんが、父に似ていると言い、とても身近に感じたようだ。

 吉田さんも、孫のように思ってくださり、暖かく迎えてくださった。

私が従姉妹に、「吉田さん、私の父に似ていると、息子が言うのよ。」というと、

「そういえば、そうだわ。フランクで飾らなくて、おじさんによく似ている。」

従姉妹が日本で個展をした時に、父は言う。

「絵の事はわからん。どれでもいいから、買ってほしいものに。」と言って、一番高いものを買った。

生活は質素倹約、身はかまわず、頑固で、我が道を行く人だったが、人助けのお金を気前よく使い、知られない場所で、人に優しい人だった。

 

 

吉田さんは、毎週、水曜日の午前中に、奥様のお墓に行かれた。お掃除をして、お話をされて帰ってこられる。奥様に苦労をかけた、とおっしゃっていた。

私の親友は、息子を若くして亡くした。息子よりも2才上の男の子。両親は、毎週、日曜日に、息子に会いにお墓参りに行く。

そこに行けば、会える。吉田さんも、私の友人も、思いは同じ。

母は、お墓に行くと、「毎月1度は来なくちゃいけないわ。」と言う。

けれど、私達が行くのは、お彼岸と、お盆と、お正月。

それでも多い方かもしれない。忘れ去られたお墓、荒れ果てた、お墓もある。

ようは、心の問題なのだ。その人の中で、愛し行き続ける人もいれば、死んでしまっている人もいる。

昨日、「帰国」というドラマを見た。

「人間は二度死にます。一度目は、肉体の死。二度目は完全に忘れ去られた時。」

愛の火が、燃えている限り、人間は死なない。お墓の中でも、生き続けている。