明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

検察とメディアの在り方

  

松本サリン事件で、犯人扱いされた、河野さんが、9月14日付けの日刊現代でインタビューに答えた、コメントです。

「私が恐ろしいと思ったのは当時、メディアが私に潔白を証明しろ、と迫ってきたことです。彼らにとって、捜査機関は絶対である。間違えるわけがない。それが違うと言うなら、自分で示せ、と。容疑者が真犯人かどうか、立証責任は捜査機関や検察にあるのに、通じない。

 そして、松本サリン事件とまったく同じ構図なのが、小沢さんの政治と金の問題だと思います。

 小沢さんは検察が本人を何度も事情聴取し、事務所や関係先も徹底的に家宅捜索した結果、不起訴になった。それなのに、メディアは「おまえは疑われているのだから、自分で疑いを晴らせ」と迫るのです。これは恐ろしいことです。

 村木さんと違って、小沢さんは逮捕もされていないんですよ。それなのに、何年間も犯人扱いされ、説明責任を求められる。捜査当局=権力者の間違いを監視し、チェックするべき報道機関が、捜査当局のお先棒を担ぎ、法治国家を否定するようなことをする 」

逮捕された、大阪地検の前田主任検事は、去年の3月、小沢さんの公設秘書、大久保さんを逮捕して、5日目から、大久保さんの取り調べを行い、調書を作り、起訴した。 前田検事は、陸山会事件で、小沢さんの赤坂にある、個人事務所に押し入り、陣頭指揮をして、証拠書類などを、持ち帰った人物だ。

 小沢さんの事件は、当時は、自民党政権下で、麻生政権の、法務大臣が、自ら指示したものであることを、会合の席で、財界人に発言している。

自民党は、あらゆる手を使って、民主党政権を阻止しようとした。

元参議員で小沢さんの盟友、平野さんが、2010年、5月22日付けのジャーナルで述べている。以下引用

 「私は森英介法務大臣と昵懇で、時々会食していた。昨年3月西松事件で小沢事務所の大久保秘書が逮捕された問題について、〝あれは私が指示した事件だ〟と、現職の法務大臣からの直接の話を聞いた。こんなことが許されてよいのか、と驚いた」

 A氏は私にこの情報を伝えるにあたって、悩んだ末のことだと思う。経済人としての立場もあり、私は実名を明らかにするつもりはない。私があえてこの情報を世の中に明らかにするのは、A氏の説明を聞いて私が「なるほど、さもありなん」と、私自身が森法相(当時)から直接に、それに関連する指摘を受けていたからである。

 平成21年3月1日(日)、大久保秘書逮捕(3月3日)の前々日、私は千葉市で森法相と会う機会があった。千葉知事選挙の吉田平候補者の出陣式の行事の席だった。堂本知事(当時)に、私に関して聞くに堪えない中傷・誹謗の発言をしたことを、明確に記憶している。「堂本知事さん、この平野という人物は平成になって日本の政治を混乱させた人で、小沢一郎も問題があり悪人だが、この人が小沢さんよりもっと悪人なんですよ」

 この森法相の発言は、私にとって心に刺した棘のようになっていた。3日の大久保秘書逮捕の後、それとの関連について考えてみたが、直接につながる材料がなかった。私も強制捜査の対象になっていたことは、元特捜部長などの言動から後になって知ったものだ。

この文章は、愛川欣やの『パック、イン、ジャーナル」『朝までテレビ」に出演した時にも、同じ言葉で、何度も聞いているので、事実であると思う。

前田検事が逮捕され、上層部にも、報告されていて、「大丈夫です。」と言った意味は、『大丈夫、このままやれます。勝ってみせます。明るみに出さないで行ける。」という意味らしい。

『検察があぶない」と批判して来た、もと検察菅の郷原弁護士が言っています。

郷原さんのツイッターがありますので、紹介させていただきます。

http://twitter.com/nobuogohara

朝日ニュースターの『ニュースの深層」を担当している上杉隆さんは、常々、記者クラブのあり方を批判して、記者会見の公開を要求してきた人ですが、記者クラブは、密室で得た情報を、なんの検証も、批判もせずに、検察からのリーク記事を、ただ流していただけだった、メディアのあり方に問題があると言う。

 

朝日が、今回、前田主任検事の、証拠改ざん事件をスクープした事で、日本に、ジャーナリズムが、まだ辛うじて存在していることが証明された。

政府から謝礼や飲み食いなどの接待を受けていなかったのは、朝日新聞の記者と、ジャーナリストでは、田原総一郎だけだったとか。

アメリカでは、コーヒー一杯ご馳走されても、問題になる。中立、自由な立場で、報道をする事が出来なくなるから。

 えん罪を作らせないために、取り調べの可視化を、今声をあげて、報道しなければならない時なのに、地上波のテレビで、その声は薄い。

国民の一人一人の、人権にかかわる大切な問題を、何故、メディアは、大きく取り上げることが出来ないのか?

冤罪は、これまで、特捜検察という「なんでもやれる権力」によって、政府も絡んで、作られる目的で、作られて来た。権力闘争の一部になり、都合の悪い人間を、叩きつぶす手段にもなってきたことを、国民は信じないでいる。メディアは、その片棒を担いできた。今も続いている。