明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

小沢さんが、ニコニコ放送に。

 

小沢さんは、一昨日、ニコニコ放送に出演して、一時間半にわたって、出席者とメールで寄せられた、視聴者からの質問に、誠実な対応で、率直に、自らの考えを述べた。18万人がインターネットを通じて、参加した。

 尖閣列島問題で、小沢さんは、船長を解放すべきではなかった。解放するのなら、政府の見解において、こういう理由で、解放したと、政府の判断によるものであることを明解にすべきであった、官僚である検察の判断等、とんでもない、法律違反で、そのような権限は官僚にはないのだ、と述べた。

小沢さんは、内心、管総理を始め、各閣僚が、自分の判断で物事を決定することが出来ないのを、憂慮を持って、心配しながら、見守っている。

 自らの判断で、決定し、その結果については、政治家が責任を取る。それが、本物の政治家というものだ。

 管総理以下、未熟だけでは、すまされない、政治家の資質そのものに問題のある、大臣達が、管政府を支えているのだから、大海に揺れ、今にも帆が折れそうな状態で、喘いでいるとしか、私には見えない。

そういう政府の、だらしない対応に、助け船を出した、人物が、おそらく海上保安庁から出た。

 問題のビデオテープを、昨夜、ユーチューブで、世界に流した。

アメリカとも、中国とも、日本が対等な関係として、これから付き合っていく覚悟が出来ていれば、まず、事実を明らかにすることは、政府の責任においてなされるべきだった。中国の顔色に、一喜一憂して、中途半端で、後手に回る対応しか、出来ず、政府は、全く責任を取らなくて良いように、政府は関知しないと言い張った。 そういう政府を見ている、ロシアの最高責任者が、北方領土に初めて、土足で踏み込んだが、それに対しても、毅然とした対応がとれない。

なめられているとしか言いようがない。

 

小沢さんの言うように、管総理を七〇パーセントの国民が支持したのだ。管総理には、あなたのやりたいようにやれば良いのだ、と小沢さんは、管総理に言ったという。そして、その結果は、管総理が責任を取ればよい、と。

それが出来ない総理を選んだのは、国民だ。

以前から、私は前原大臣の政治家としての資質を疑っていた。小沢さんを公然と非難していた、同じ態度で、中国の非難を、公然とやる。公然とやるけれど、責任を取らない。相手が悪い、自分は間違っていない、では外交にならない。

こういう資質が、管政権を支持した議員や閣僚達に多い。似たもの同士が寄り合うというのだろうか。

小沢さんを、国会に引き出すことを、野党が要求している問題についても、小沢さんが、総理で逆の立場であったなら、自分が矢面に立って、要求をはねのけ、これは司法にゆだねられた問題でるから、立法が介入すべきではない、と野党を、理で説得したにちがいない。

与謝野さんは、「私的裁判で、リンチに等しい。小沢さんを出させるべきではない。」と言っている。それが正しい見方なのだ。与謝野さんは、堂々たる政治家の数少ない1人。

国民に支持された、菅総理が、自ら選んだ、閣僚達で成り立っている、今の菅政権が、世界中から、軽視されて、なめられているとしたら、その代償を払わされるのは、国民なのだ。

国民が、責任と自覚を持って、政治家を選ぶことが出来なければ、結果は、悲惨な結果に終わらざるを得ない。

人を攻撃し、自分を正当化する人ばかりの世の中になっているのではないか、自分勝手な人間が、多数を占めるようになっているような気がする。

菅政権を批判し始めた、国民の七割が、ついこの間、支持していたのだ。

小沢さんは、逃げも隠れもしないけれど、黙しているのは、管総理と菅政権が、国民の為に、何を決断し、何をやるのか、出来るのか、民主党の議員として、信頼して、見守るべきだ、と考えているから。国民の七割に支持された、総理なのだから。総理の権限は最も大きい、何でも出来る、国をどう導くのか、総理に課せられている。総理が課せられている事は、国民に課せられているのと同じ事なのだ。