明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

大地震と、大津波を画面で、目の当たりに見て

 復興した町並み

東北地方を中心に、日本の太平洋岸に、まだ余震と、大津波警報が続いている。

史上観測以来、最大の、マグニチュード8.8を観測する地震と、10メートル以上の大津波で、町や村が壊滅状態になっている。

 昨日、国会中継を見ている時に、飛び込んできた、地震情報、それに続く、大津波の映像を、リアルタイムで、テレビの画面で見ていた。

 ヒア、アフターという映画で見ていた時とは、比べものにならないくらい、恐ろしい光景だ。

 日本沈没、というSFが、現実のものとなるのでは、という恐怖の中で、わずかに、家が揺れいてるのを感じた。

 このまま、また、阪神大震災よりも、強大な地震が、雪崩現象のように、有馬、京都の断層地帯に、及ぶのではないか、という恐怖に身体が凍り付いた。

 コスモ石油のコンビナートが炎上し、町が燃えている。福島の原子力発電所が、冷却出来ずに、温度が上昇している。

 東京では、交通手段が絶たれ、立ち往生する多くの人々が、町に溢れている。

 夜の闇に包まれて、被害状況がわからないまま、朝を迎えた。

酷い、あまりにも酷い。自然の脅威に、ひとたまりもなく、何もかも破壊されている。

それでも、まだ、大きな地震が何度もおこり、津波も押し寄せて来る。

 冬の凍てつく寒さの中で、堪えることしか術がない。

 私達は、阪神大震災で、体験していることから、忘れかけていた恐怖と痛み、苦しさを、現場にいる人達に、共感を持って、追体験している。

 こんな風に、外から、明るい部屋で、暖を取りながら、まるで映画のように、見ていると、私が暮らす町が、道路が、なんともないことに、不思議な気がする。

暖房は、使わないようにしよう、と毛布にくるまっている。水は節約して、車のガソリンの消費を抑えておこう、食べ物を大切に、そんなことしか、今の所、出来ることはない。 石油が足りなくなることを、食べ物が行き渡るように、電力を、被災地の人々にまわせるように。

 私も、震災で、家が全壊状態だった。地震が起こったときに、起きていたので、とっさに机の下にもぐりこんだ。縦揺れが激しく、死ぬのか、と思った。

 治まると、マンションの12階に住む母に所に、車で。道は隆起して、割れている所もあり、大きなヒビが大蛇のように曲線を描いていた。

 

私達の周りの状況の他に、何が起こっているのか、わからなかった。電気も、ガスも、水も、ない。蜂蜜が割れて、流れている。タンスも倒れ、食器は割れて、床に、蜂蜜がくっついて、掃除するにも、水がいる。

水はない。給水機が来ると、12階の階段を、上り降りしながら、何度、バケツに水をもらって運んだことだろうか。

当事者でいる間は、何が起こってるのか、周りの状況以外には、わからない。ガスの復旧が遅れ、水道も、随分長く止まっていた。

寒さと、不安、恐怖、いかばかりか、と体中が痛くなる思いで、テレビの画面を見ている。

 アメリカのオバマ大統領の会見を見て、CNNの放送で流れる、ニュース解説など、涙が出てくる。

海外からの、援助の申し入れが50カ国になっている。

韓国は、昼頃に、援助隊が到着する、という。

友好が、このような窮地にある日本を見捨てないで、暖かい支援をおくってくれている。

アメリカでは、韓国の合同練習をやめて、韓国からも、グアムからも、フィルピンにある海兵隊も、日本に送るとCNNで。

可能な限りの援助をする、とオバマ大統領が言っている。

人道支援の温かさ、友愛の精神に、私はただ、泣いているだけだ。

 アメリカは、日本が窮地に立ったときに、最も大切なパートナーとして、可能な限りの援助をしてくれる。

 お隣の韓国は、要請がなくても、すぐさま、日本にかけつけてくれる。

 身体はどれだけ寒くても、心が熱く燃える。

 私達は、阪神大震災を体験しているだけに、自分達の痛みと苦しみだ。

 私達も、可能か限り、出来ることをしないとという思いは同じだと思う。