明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

小沢さんの配慮は深かった。

  

18日に、小沢さんは、ホーページに、メッセージを掲載した。

東北関東大震災に際して

 11日発生の東日本巨大地震津波による大災害に際しまして、岩手県宮城県福島県の3県をはじめ、全国で被災された皆様に、心よりお見舞いを申し上げます。

 また、被災で亡くなられた方のご遺族の皆様に、衷心よりお悔やみを申し上げます。

 今日の地震津波による、福島県原子力発電所における火災や、爆発による放射性物質拡散などの事態につきましては、政府、東京電力に対し、正しい情報を迅速に公表することを、強く求めるものです。

 この度の災害は、現在も被害の実態が把握できないほどであり、戦後の荒廃期に匹敵するほどの危機的状況ともいえます。

 私たち日本国民は有史以来、幾多の国難を乗り越えてきました。この事態にあたり、今こそ私たちは、その勇気と英知を結集して、この危機を乗り切らなければなりません。

衆議院議員 小沢 一郎

小沢さんは、震災後11日にも、岩手に行きたいと言っていたが、小沢さんが動くと、 ニュースの的になり、政局に取られるという配慮から、自宅に待機して、目立たない形で、達磨知事と連絡を取りながら、現地の対応にあたっていたとのことでした。

 

以下、ニュースの抜粋

震災発生後、小沢氏が公の場に姿を見せたのは初めて。側近議員とは連絡を取り合っているもようで、本県の達増知事は18日の記者会見で「小沢氏にはこちらの状況を報告している。(小沢氏の地元入りは)警備の問題や取材陣が殺到することが懸念されている。国の調整力や指導力が重要なので、東京でそういうことをやってほしいとお願いしている」と明かした。

小沢元代表が菅首相と会談 震災後一時「今どこに?」と話題

2011年3月19日 17時09分 (2011年3月19日 17時09分 更新) 菅直人首相が小沢一郎・元民主党代表ら代表経験者と会談し、大震災問題で協力を要請した。小沢氏が久々に公式の場に姿を現した形だ。被災地の岩手が地元である小沢氏をめぐっては、震災直後からしばらく情報発信がなく、インターネット などでは一時、小沢氏の「不明」「被災」情報が流れていた。

2011年3月19日、菅首相は小沢氏や鳩山由紀夫前首相らと首相官邸で会った。東北関東大震災に対するこれまでの政府の対応を説明し協力を求めた。小沢氏は、災害復旧や原発事故に対し政府が全力・総力を挙げてほしいと述べた。

17日、サイトで「情報を迅速に」と注文

小沢氏は3月11日の大震災発生以降、しばらくその動静が伝えられなかった。ネット上などでは「地元で被災したらしい」などのうわさ話が出回っていた。3月16日には、夕刊フジが「被災地出身 小沢さん何しているの?」として、「16日朝までに何のメッセージも発信していない」と指摘していた。

翌3月17日には、小沢氏は自身のサイトに「東北関東大震災に際して」とメッセージを載せた。お見舞いやお悔やみの言葉を述べた後、福島第1原発事故などに関して「政府、東京電力に対し、正しい情報を迅速に公表することを、強く求めるものです」との考えを示した。

さらに現状について「戦後の荒廃期に匹敵するほどの危機的状況」との認識を示し、「今こそ私たちは、その勇気と英知を結集して、この危機を乗り切らなければなりません」と訴えている。

「警護で逆に迷惑を」

また、産経新聞は3月18日付朝刊で、小沢氏の近況を報じた。「(地震)発生直後から地元入りを希望したが、被災地の混乱などを懸念してやむを得ず断念」と書き、中央省庁と地元との調整役に徹しているようだ、と推測している。「被災地入りすれば警護などで逆に住民に迷惑をかける」という懸念があったようだ。

小沢氏は岩手4区選出。4区は花巻市など内陸部の地区だが、津波で壊滅的な被害を受けた陸前高田市などは小沢氏の旧中選挙区時代の地盤で、産経記事によると、小沢氏は周囲に「一刻も早く飛んでいきたい」ともらしていたという。

昨日は、入院中の、田中康夫さんが、病院先から出て、テレビで、メッセージを述べていました。

阪神大震災と、新潟地震での、ボランティア活動の体験、被災した方々の、悲しいエピソードに涙し、声を詰まらせながら、語っていた。

その中で、募金について、田中知事は、長野県で募金を集めたことを、当時は非難のまとになっていたけれど、赤十字などに、募金をしても、どこにどう使われているのか、一旦プールされて、現実に今、すぐに、必要な所に、使われないで、本当の支援にならない。県がお金を集めて、直接必要なものに、お金を使えるようにするためだった。と。

ボランティアの人達に、直接渡せば、彼らが、被災地の現場で、どういうものが必要かをわかってして、必要な所に、必要なものが届く、と。

これからは、兵庫県あて、とか、現地のNPOボランティアあて等、直接、お金が届き、使われるような所を指定して、義援金を送ろうと思う。

現地で、地方自治体に送る方法もあるし、救急医療チームへの義援金、「炊き出し野菜用」などもある。

地震に大津波原発、とあまりにも、過酷な状況にある、被災地の人々は、体力的にも精神的にも、環境にも、限界状態の中で、堪えておられる。

 何もかも足りなくて、行き届いていない状態が続いている。

 介護、医者、看護婦、調理師、理容師、教師、社会福祉のグループワーカーやケースワーカーなど、心と身体のケアーを助ける専門家が、沢山必要だ。

 リタイアした人、やめた人など、再就職を募って、現地に入ってもらえれば、物心両面で復興が動き出すのではないだろうか。

 東北には、沢山温泉地がある。お年寄りを、温泉地で引き受けると、温泉旅館も潤い、避難場所と、健康にも役立つ。

岩手では、すでに、初めているという。小沢さんや、岩手県知事が動いているからだろうか。

 全国の温泉地からも、声が上がってきている。清水さんは、子供達の自然生活の体験ファームに、100人の子供を受け入れることで、支援をする。

義援金やボランティアは、被災した人々が、自ら立ち上がって、復興していくのを、支援するもので、手をさしのべることで、自立出来るお手伝いだ。

金額の多い少ないではないし、直接出来ること、出来ないことでもない。

復興出来るまで、見守り、心の支援、労働の支援、アイデアと想像力の支援、物質の支援、お金の支援、続けて行くことで、希望と前進が。