明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

石原新党で日本の右翼化を懸念する

   

石原都知事が、盛んに気炎を上げている。

 80才で、最後のご奉公と言うが、戦前の日本へのノスタルジーを、捨てきれないで、

 軍国化へ、国民を誘導しようとしているとしか、思えない。

  自民党に愛想をつかして、国民が、民主党にかけた願いが、無残にも打ち砕かれ、閉塞的な現状から、再び、自民党への支持が多くなっているが、もう一度、立ち止まって考えて欲しい。

 国民の頭は、振り子であってはいけない。

 自民党において、戦争の悲惨さを訴え続けて来た、鳩派と呼ばれた政治家が消え、

 右翼化が進んでいる。

 

 小沢さんが常々、懸念して来たことが、現実になりつつある。

  

  石原さんや、橋下さんは、喧嘩好きで、喧嘩上手、喧嘩をしかけることも上手なら、

 売られた喧嘩を受けて立つことにもたけている。

  石原さんは、死んでも一緒にやっていくつもりがない、という小沢さんは、

  どうしてこれほど、反論しないのか、とイライラするくらいに、平和主義なのだ。

  週刊誌に、あらぬことを書かれても、ひたすら沈黙を守っている。マスコミにたたかれても、弁解しない。反論しない。

 小沢さんから、離れていった人達は、こぞって、小沢さんを悪く言っているけれど、小沢さんからは、何も言わない。

 ただ、「裏切るよりも、裏切られる方が気が楽だ。」「僕は嫌われるタイプなのだけど、どうしてなのかわからない。」「動物や植物は大好き。こちらが愛情をかけて育てれば、 答えてくれる。」

 今回の、石原新党について、小沢さんは「それほど大きな波にはならないだろう。

  国民の望む方向とは違っているように思う。」と述べている。

  おいおい、大丈夫なの?と言いたくなる。

 小沢さんは、人を信頼しすぎる。国民の良識を疑わなさすぎる。

 ファシズムが、再び、台頭しはじめている。閉塞感を打破するのが、真の民主主義ではなくて、強力なリーダーによる、ファシズムではないか、と懸念する。

 小沢さんが、信頼するように、「国民の生活が第一」の政治を選択するような、国民の良識があれば、良いのだけれど。

 以下に、ドイツの視察を終えて、10年で脱原発を果たせるビジョンが出来た、という記事が出ている。

 石原さんや、自民党は、原発を容認している。国民よりも、経済界。国民の生活よりも、

 原子力を保持することは、 核保有国と同等である、とする考えが背後にある。

 小沢さんのやりかたは、インドのガンジーの平和主義に近い。アメリカとも中国とも、

 話せばわかりあえる。利の通った話をすれば、理解してくれる、という。

 石原さんは、喧嘩をふっかけて、勝利を勝ち取ろうとする、覇権主義

  

 中央官僚支配の政治を打破して、統治機構を変えるという点では同じだけれど、

 その先の目指す姿は、対局にある。

脱原発国民のため」 小沢代表、独で手応え

2012年10月27日 朝刊

国民の生活が第一」の小沢一郎代表はこのほど、二〇二二年までの脱原発を決めているドイツを視察した。「生活」は次期衆院選の公約の柱に「十年後の原発ゼロ」を掲げる方針で現在、工程表を作成中。視察の成果を工程表に反映させる考えだ。

 「(十年後の脱原発という)われわれの主張は間違っていなかった。これが国民のためだと確信するに至った」。小沢代表は二十五日夜、都内のホテルで開いた結党記念パーティーで、ドイツ視察の成果をアピールした。

 十年後の原発ゼロ方針は「二〇三〇年代に原発稼働ゼロを目指す」野田政権の方針よりも積極的だが、財界などからは非現実的との批判が強い。訪独は、そういった批判に対して理論武装をし、衆院選で行われるエネルギー政策の論争で主導権を握る狙いがあった。

 ドイツ連邦議会環境委員会のシュレーター委員長(左派党)は小沢代表に「ドイツでは全ての政党が脱原発に賛成している。政権交代しても後戻りしないようなしっかりした法律づくりが重要だ」と助言。小沢代表は「近く行われる衆院選で国民の支持を受け、何としても脱原発を実現したい」と意欲を示した。

 脱原発を実現するには代替エネルギーの確保が不可欠であることから、家畜のふん尿を燃料とする「バイオマス発電」などにより250%の電力自給率を達成した南部バイエルン州のメルケンドルフ村も視察。原発撤退で事業税収入が減ったものの、再生可能エネルギー関連企業の誘致で新たな町おこしを図る同州のエッシェンバッハ町にも足を運んだ。政府からの「交付金攻勢」で、原発に頼らざるを得ない日本の原発立地自治体に新たな選択肢を示すためだ。