明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

あけましておめでとうございます。

   いかりのおせち一人用?

  あけまして、おめでとうございます。

 旧年中は、このブログを見ていただき、

 本当にありがとうございます。

 飽きっぽい私が、なんとか、飛び飛びにでも、

 続けて来られたのは、読んでくださっている方が

いてくださっているお蔭です。

  今年もよろしくお願い申し上げます。 

 大晦日の夜、テレビで、オーケストラの終了と、新年を迎える時間とがぴったりという感動的的なシーンを、一人で見ていますと、子供の頃の,家族が賑やかだった頃のことが,何故か思い出されました。

 昔は、夜通し、店が開いていて、母達は忙しく、まだ働いていました。

 新年の朝は、父が一番風呂に入り、私達家族は、新しい下着に袖を通す習慣がありました。

 物の豊かな時代ではなかったので、暮れには、庭に杵と臼を置き、家族と従業員が総出になって、餅つきをしました。

 会社画扱っている、重油のボイラーで、餅米を炊きあげる野で、次から次に、できあがってしまうので、男達は、餅つきに,汗を流し、母は,水取り役で、かけ声が、冬の空に舞い上がっていくようで、

 子供達は、できあがった餅をこねる役を授かって、餅箱は,何倍も餅で埋め尽くされ、それらは、働く人達の,正月用の食に役立ったよいうです。

 家中に,醤油と砂糖、しいたけや、ごまめだどの混じった匂いがして、

すっかりお掃除を終わった、部屋という部屋は、ぴかぴかに磨き上げられて、張り替えを終わった,真っ白な障子から、ほんのりと、のちの匂いも漂って、

 しんしんとした,神聖なお正月の、独特の匂いと空気を思い出しました。

幸せな時間は、心の思い出の中で、決して消えることなく存在しています。

オーケストラの最後は、「運命の力」です。

私の人生も、運命の力によって、ここまで、私を運んできたのでしょう。

 たとえ、自分が選択し,切り開いて来た道だと自分の意識ではそう思っていても、その そういう意識に導き、二者択一か、それとも迷いなくの道を選んで来たとしても、それの背後には、「運命の力」があるのではないでしょうか。

 人気のない部屋で、年越し蕎麦を食べ終わった頃、電話がなりました。

息子からです。

アメリカは、まだ大晦日の朝なので、明日にでも電話しようとお持っていたのです。

深夜に、息子と話しが出来て、沈黙がはじけ、部屋中に、声が広がって、

しばし、賑やかな時間。

 私のお正月は、息子の声で始まりました。

 朝までテレビの討論を4時くらいまでがんばって見ていたけれど、そこまで。

新年も寝坊から。

 徹子の部屋を見ながら、お雑煮を食べて、逝ってしまった人達の,楽しいトークを見て、 生きているうちに、一生懸命生きることだけ考えて、未来に向かって,生きていくことだけ考えていなさい、と亡くなった、森繁さんの言葉に、勇気づけられる思い。

そのつい前に、「エンディングノート」を作っておきなさい、との経済学者のコメントアドバイスを受けて、書いておこうか、なんて考えて、すっかりしょんぼりしていて、やらない掃除なんかもやるきになってたものですから。

今年の目標は、未来に、幸せの期待を一杯抱いて、ワクワクしながら生きて行くことに決まりました。

  ヨーロッパを、以前のように、リュックを背負って、小さなキャリーバッグをひっぱって、旅したい。

 母がいるので、長くは行けないから、小旅行になるけど、お尻を軽くして、身軽に。

 元気出して、いきまっしょ。

 おつきあいくださって、よろしくお願い申し上げます。