明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

広重への旅のアート、ヴァンゴッホの日本の夢

 

この二日、晴天に恵まれて、暖かく、過ごしやすい。

 に日曜日は、第一日曜にあたるので、主立った美術館は無料なので、

 どこも混雑している。

 日曜日、ピラミッドから入ると、凄い人なので、装飾美術館のそばから、入ると、地下のショッピングセンターに通じるので、並ばずに入れるというので、そこから行くと、荷物のチェックがあって、並んで待たされた。 

 翌日は、美術館の休館日なので、朝、早い目に、ゴッホの「日本への旅」という特別展を開催中の、マドレーヌにある、パリの新しい美術館「pinacotheque]

に行った。

http://www.pinacotheque.com/

思うは誰も同じなのか、前に、何度かそこを通ってみている時よりも、ずっとチケットを買うために並んでいる。

この美術館の展覧会は、素晴らしいと評判で、いつも人気なのだけど、特別のものだと、中が小さいこともあって、入るのに、ものすごく待たねばならないらしい。

 入場料は、、広重との2つで、17ユーロだった。

 ゴッホの絵画の中でも、知らない絵が沢山あって、安藤広重の錦絵から受けた影響が、この絵のここに、と言う風に、説明されていて、美術フアンに取っては、興味深い。

 入っている人達は、フランスで書かれた、説明を熱心に読みながらの鑑賞なので、足が止まって、前に進まない。

中に入ると、空いている場所があって、その絵を観ながら、先に観られるものを観ておいて、後からまた、と言う風に観れば、効率良く、充分鑑賞することが出来た。

広重の錦絵

 テオが、美術商をしていたので、錦絵に出会うきっかけになっようだが、

その頃、画家達の中で、お金に余裕のあった、モネ、マネ、ロートレックなど、浮世絵をコレクションしていて、それらを見せてもらう機会もあり、ゴッホは、強く、浮世絵を生み出す、日本という「ジパング」を求めて、パリから、プロバンスに移った。

 プロバンスの輝く太陽の下で、ゴッホは、錦絵の、「素早く、一気に、大胆に描く、錦絵の、デッサンと構図を取りいれて、ゴッホ独自の絵画を模索し、勢力的に取り組んだ。

 ゴーギャンを呼び、一緒に生活していた頃は、ゴッホゴーギャンに、ゴーギャンゴッホに、触発され、互いに嫉妬するほどの、互いの才能だったようだが、

 二人は、共通して、そして違ったスタイルで日本の浮世絵に深く影響されているのがわかる。

ゴッホの「種まき」や農夫達が、仕事に疲れて休んでいる絵画の、「麦」に太陽の光が注ぐ様子、浮世絵に描かれている、人物達のおおらかさにも、きっとゴッホは惹かれていたのだろう。

 ゴーギャンが去り、ゴッホは、耳を切り落として、ゴーギャンに送る奇怪な行動をとって、精神病院にニ入院する。その頃にも、錦絵の影響は、益々深く、より大胆に、シンプルで大胆な絵を描いている。

 精神病院を出て、ゴッホは、オワーズに来て、糸杉の絵画を描いている。

 糸杉の絵画などは、ゴッホの頭の中で、触発された、「浮世絵」の構図が、つきない夢と幻想にもなって、現れていたに違いない。

 「オワーズの教会」はそのようなゴッホの絵画であり、「糸杉」の絵画の中でも、際だって素晴らしい、糸杉の絵には、おそらく、ゴッホとテオが仲良く、描かれていると私は思う。

 テオが結婚してからも、ゴッホへの援助は惜しまなかったテオだけど、子供が生まれて、 生活にも、苦しくなってきたテオを頼っているゴッホの不安、絶望、深く根ざした、ヨーロッパ的な信仰心、との重圧に耐えかねて、ゴッホは麦畑で自殺したのだろう。

 ブレ、と呼ばれる麦畑、は、ミレーの絵画の中でも、「自然の中で育まれ、働いて、夕日を浴びて、祈る農民達」の姿がある。

 ゴッホは、きっと、そのような、働く人、だった。労働者としての絵描きだった。

 浮世絵の中に、おおらかに働き、生きている、日本人の一人だったかもしれない。

勤勉実直なゴッホが、安らぎを求めて行った、アルル。そこは、フランスの国、カトリックの支配する国。そしてゴッホは、牧師の息子なのだ。

夢の中を生き、幻想に走ることで、かろうじて、生きられ、自分を絶対的に信頼し、支えてくれる人がいての、生きる力だった。

 太陽を浴びて、日中、ゴッホはピストル自殺を遂げた。

 一本の糸杉がそびえ立ち背景は、アルルでゴッホが描いた「星降る夜」のあの青く透明な空だ。

星降る夜に描かれている、男女は、「テオと奥さん」ではないだろうか。

テオの結婚を、とても喜んでいたゴッホだった。と同時に寂しいゴッホでもあったのではないだろうか。

満点の星が輝く、夜は、太陽の裏側の色だ。

他に、3.11の津波で被害を受けた人達の顔写真と、その場の状況の写真が展示されていた。

大写しの顔写真は、フランス語では、フィギュール、と言うが、その人の、全人格と歴史が刻まれているとうので、

絵画の中でも、肖像画として、レンブラントなどは、何度も自画像を描いているのは知られていることだが、

フランス人にとっては、絶望の淵に立たされた人達が、どうして、これほど強く、明るく、試練を乗り越えて、生きて行けるのかは、驚異なのだろう。

今回の、錦絵、に影響を受けた、ゴッホの絵画と、通じるもの、フランス人にはあるのだと思う。だから、この機会に、その写真の展覧会も一緒においたのだろう。

フランス人だからこその試みだ、と思う。ユマニストとしての。