明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

玉置浩二の魅力

   写真はパリ

 安全地帯のテレビでのライブと、ルーブル美術館の見方に、猿ノ助が出ているのと、同じ時間帯に放映している。

 どちらも見たいと心は揺れつつ、両方のチャンネルを、交代で見ていたが、結局は、安全地帯のクライマックスへの盛り上がりに、酔った。

 以前は、玉城浩二に魅力を感じて、コンサートにも、出かけて行ったのだけど、へんな、暴露女優と情熱が再燃したのか、結婚の運びになって、魅力が失せていた。

 その後、その女優との破局、重病説も流れる中、やはり元彼女の女性と、再婚して、仲の良い所を披露していた時にも、相変わらずね、と冷めた眼に眺めていたのだけれど、

 元気になって、彼の明るさ、魅力が、はじけるような番組に、引き込まれてしまった。

 そして、思ったことは、男の魅力は、奥さん次第だ、ってこと。

女房の不作は、百年の不作、と父が冗談で言ったいたが、その頃は、私はまだ子供だったので、反発お覚えたものだけど、玉置浩二の、はつらつとした姿を見ていると、確かに、と思う。

姿形を言っているのではない。

魅力というのは、にじみ出るもので、その人が充実し、安定した生活をしているかどうか、人に優しくなれるかどうか、余裕があるかどうか、自分に自信が出ているかどうか、などの複合的な見え方から出てくるものだ。

 それに、欠けてはならないのは、男の色気。

女だって同じ事が言えるのだろうと思う。

玉三郎のように、自分を客観視しながら、自分の理想を創り出した人の魅力は、男とか女の領域を遙かに超えて、 美の領域にある。異性を寄せ付けない純粋な、宝玉 のように、冷たく、澄んで、角を持たず、底深い神秘を漂わせる。

 花の精か、月のしずくか人間臭さはみじんもないので、ここでは問題外なのだが。

玉置浩二は、今年、おかあさん、と言う歌を作った。

もういいかな、と思ったそうだ。

お母さん、お母ちゃん、と叫ぶことが出来ると、彼自身思うようなったのは、大人になれた証拠ではないだろうか。

結婚して、お母さんに、変わる母ちゃんが、自分を包みこんでくれるよになったから、今、「お母ちゃん」と歌えるようになっているのでは?

とても良い歌だった。玉置浩二は、とても魅力的だった。お立ち台の女王言われた、奥さんが、とても賢くて、玉置を本当に愛していて、献身的に尽くして、子供のように甘えさせてあげているのだろうな、と思った。