明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

映画「愛、アムール」

   

アムール「愛」

老夫婦に起こる現実を映画化した、作品。

脳梗塞で半身不随になった妻を、看病する夫。

二人は音楽家だった。

妻は認知症が進み、夫は、老老介護に体力も気力も

失って、妻を枕で抑えて、死なせる。

妻を先立たせ、自分も自殺する。

看病にかかる金銭問題。

離れて暮らす、娘夫婦は、老人の現状を把握できない。

自分達だって、若いころはそうだった。

たまにやってきて、あれこれ指図をしたり、医者に見せろとか、

病院に入れろ、というだけで、引き受けるわけではないし、

現実に、それは無理な話なのだ。

「生活」がある。

アムール「愛」が、夫婦を結び、長い、幸せな人生を、二人に

もたらした。

二人の間に出来た、娘は成長し、恋をして、結婚。

彼らは、また、愛で結ばれ、愛しあって、暮らしている。

妻は、今の姿を、人にも、娘にも見られたくない。

新進気鋭の若いピアニストが訪問し、教師の半身不随で硬直した手、弾けなくなった姿を

見た、教え子のピアニストは、のちに、「会えた嬉しさと落胆」を覚えるという手紙を、

彼のCDと共に、送って来る。

彼のピアノを聴いていた妻は、手紙の言葉を聞き、止めてくれと頼む。

彼女は、もはや、彼の教師ではなかった。

病院に入れないで、夫が彼女の世話をし、通いの介護を依頼した。

妻は、夫にだけ心を開く。

言葉を失っても、夫にだけはわかる。

疲れ果てた夫、世話をする力がなくなって、

やがて、終わりの時が。

日本でも、老老介護に疲れ果て、連れ合いを殺害する事件が

時々起こっている。

人間が、最後まで人間らしく生き、死んでいくには?

主のいない、アパートに、娘がやってくる。広い空間。

部屋を見渡しながら、座る娘。

アムール、A MOURIR   RIRE 

愛とは、「死んでいく」「死に向けて」と、RIRE 「笑うこと」

 という二つの言葉でできている。

 映画館の傍にある、公園で、桜の花がでに満開だ。

 日本の桜、

 散り際が良い、潔い、つかの間の命を燃やす花、として、古くから

 日本で愛されてきた花

 命短し、というのは、過去のこと。

 昔は、人間50年、と織田信長が言ったように。

 今は、100歳か白菜か、金さん銀さんの後を続く

 長生きの時代。

 桜を命に例える人も少ないだろう。

 寛一お宮じゃないけど、「千年も万年も生きたい」との

希望に向かって、先端医療技術は突進していく

してみると、愛が欠如しているのは、当たり前のことなんだ

 花より団子で、美味しいランチ、栄養を考えて、ちまちま

一杯入ってます。 

サラリーマンに人気の店のようで、ちなみに、お値段は880円

映画のチケットで、10パーセント引きです。

 他のお客は、800円のランチ。どこが違うのか、わかりません。

 同じようなのですが、小さなたらこと、しいたけが、入っているか

いないかの違いでした。

 ご飯も味噌汁も、お変わり自由。

どれでも高い、という人は、隣のカツどんの店に並んでます。

ここは、「がんばってます。600円」の店でした。