明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

映画「ある海辺の詩人」

 

    

http://www.alcine-terran.com/umibenoshijin/

 ある海辺の詩人

シネリーブ梅田で上映中です。

ベニスに近い、ある海辺に、配属されて、働きに来た、中国人の女性に思いを寄せる、ユーゴスラビア出身の漁師は、彼女に故郷の海で漁師として働く父親と、そこに預けている息子への思慕を引き寄せてくれる存在になっている。

彼女は、詩のお祭り、という、儀式で、子供と一緒に暮らせることを願っている。

漁師は、海辺の詩人と呼ばれている。言葉のごろ合わせをするから、と言う。

漁師は、中国語の歌うような言葉に惹かれる。

二人を引き寄せるのは、共に、イタリア人ではない、という異国人という、そこに馴染めない違和感と孤独感。

海の匂い、輝き、風が二人を包む。幸せを感じる、安らぎの時間も、イタリア人に寄って、奪われる。猜疑心とよそ者を受け入れることの拒否に

引いては返す海、潟に、そのまま留まって、外に出ていけない水もある。

そうではだね。出ていかないと、自由にはなれない。幸せはつかめない、と彼女と同室の、若い女性は言う。

彼女は、休みには、海で辺で海風に向かって、太極拳をする。風を切り、海のオゾンを胸いっぱいに吸い込んでは、掃き出し、海の動きを一体になって、身をゆだねる。

転職を命じられ、同室の彼女と別れて、また別の場所で、借金の返済に、働いている。

ある日、子供がやってくる。借金を誰かが返してくれたという。

あの老人の漁師ではないか、と一瞬思うが、違った。

同室の女性が、ある日、お金を置いて、そこから逃げ出したのだった。

淀んだ水に留まらず、自由を獲得するために、海に出ていったのだった。

心を寄せていた人が、去り、すっかり希望を失った老人の漁師は、彼女に、海の小屋を残して、息子の所で死んだ。

彼女なら、本当のお葬式をしてくれるだrぷという遺言を残して。

小屋に火をつけて、老人が愛した小屋が燃え上がる。

ちょうど、それは、彼女が、信じ、願いを込めて、水辺に浮かべた、「詩人の祭」のように、

赤い紙に,ろうそくを灯して、流れていくかのように。

心に染みとおるような、詩的な映画です。ベニスに似た、海辺。家の中にまで押し寄せててくる水の中で、長靴を履いて暮らす時間。いつごろ引くのかしら。時間が来たら。

ボスの言うままに、働く彼女が、「シャツを20枚、縫うように言われたら、私は30枚縫う。」というセリフが冒頭に出てくる。

閉ざされた境遇を、跳ね除けて、海に出ていく、水のように。