明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

母の誕生日

     

 

 母の誕生日、家族が寄って、近くにある、イカリの「愛連」という中華料理の店で、食事会。

施設から、母の為に、何かしたいと言ってもらっていたので、食事後に、残れるものだけで、施設で、誕生日会の二次会予定していた。

 中華のテーブルは、店で、一番大きな部屋で、足は掘りごたつ風に落とせるようになっている。テーブルが大きいので、料理を取るのに、手が届かないものも。

 妹だけ、孫がいる。妊婦ながら、車を運転して、かなりの距離をやってきてくれた妹の次女。1月に出産して、まだ4か月の赤ちゃんも連れて、親子4人で参加してくれた、長女。

 弟の家族3人。母と私。

賑やかで、楽しい、久しぶりに、集まって、互いの顔を見る集い。

 母が健在であるからこそ、こうした集まりがある。

 母は、骨折した手をかばいながら、赤ちゃんを抱かせてもらって、嬉しい笑顔が満面に。

 2時に、そこを出て、それぞれの車で、母の施設に移動。

 応接室は誕生日用に、飾られていた。

ピアノで、ハッピーバースデイを、職員のが弾き、皆で歌う。

次に、男の職員が、手品を披露して、女性の職員が、おまじないの言葉をかける。お札に、ペンを突き刺して、穴をあける。引くと、元のお札に。

凄い、どうなっているのか。

注文して、買ってもらっていた、誕生日のケーキにろうそくをともし、電気を消した。ながら、母にろうそくを消してもらうはずなんだけど、母は笑っているだけで、消そうとしない。

 3歳になる、リュックンが、母と一緒に、息をふきかけて、無事ろうそくが消えた。

 近くにある、ケーキ屋さんのもので、軽くてとても美味しい。飲み物は、施設からのサービス。

その後、母の部屋に帰ると、また別の職員が、薬玉に母の写真をつけて、持って来て、おめでとうと、薬玉割を母に見せながら。

誕生日は、今年から、それぞれに、一番うれしいことを、考えて個別にするのだそう。

母の場合は、家族といる時が、一番幸せだろうと。外出の好きな人は、施設の職員がついて、出かけるとか、誕生日のプレゼントを喜ぶ人には、プレゼントを、とか、食事の好きな人には、好きな食べ物を、など。

その日、アート引っ越しセンターのトラックが入っていて、車を移動させてもらって、帰った。

私はあとに残って、母のそばにいることにした。皆が急に帰ってしまっては、母が寂しいだろう。

施設長に、「どなたか入って来られたのですか?」と聞くと

「家に帰られるのです。」と。

三か月以内の、キャンセル可能な時期に、出ていくのか、と思ったけれど、

そんな場合、これだけに荷物を入れるわけないなあ。

施設のサービスが気に入らなくて、やめたのかなあ、と。

そして、私の想像の結論が出た。

そう、亡くなられたのに違いない、と。

施設では、入居者の、その後の動向は、他の入居者には、わからない。

時々、部屋のリホームがあると、どなたかが、入居されるという印。

別の施設に移られるか、入院されて、何か月にもなるからか。

病院でにしろ、この施設にしろ、最期は家で、と,死の床を用意している家で、にしても、終末であることには、違いない。

母には、長生きしてもらうことを祈る。身体が元気なら、ずっと長く生きられるのだから。