明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

美味しさの、神秘

 

     世界遺産

 若い頃には、美味しさのわからなかった食べ物で、最近になって、美味しいと思えるようになったものが、いくつかある。

 ざる蕎麦についてくる、蕎麦湯がその一つ。

 水と変わらないような、薄い蕎麦湯ではなくて、とろっとした濃い蕎麦湯を出してくれる店の、蕎麦は美味しい。

 母は、蕎麦湯が好きで、蕎麦を食べ終わると、残りのつゆに足さずに、そのまま飲んでいた。私は、母をまねて、飲んでみるのだが、若い頃は美味しいとは思えなかった。

蕎麦のゆでた後の残り湯なんて、と思っていたのだけれど、最近、蕎麦湯の為に、越前など。打った、生蕎麦を買って、蕎麦湯を楽しんでいる。

 

とろりとして、甘みのある、蕎麦湯が美味しい。

蕎麦湯を好むようになったのは、蕎麦湯の焼酎割からだった。

道頓堀の「今井」という老舗のうどん屋で、修業したご主人が、土日だけ、十割蕎麦を打って、限定で販売していた。今もそれは継続されているだろうが、母が入所していらい、行かなくなったので、その後のことは知らない。

そこで、白く濁った蕎麦焼酎を飲んで以来、蕎麦湯が好きになった。

城崎への行きかえりに、豊岡にある、蕎麦屋に寄る蕎麦の店がある。

その店の女主人は、蕎麦湯が自慢で、「ほかの店ではこんなに、濃い蕎麦湯は出しませんよ。」

と客に蕎麦湯を出すときには、必ず付け加えるほどの、自慢振り。

豊岡あたりに、あると、出石蕎麦が名物。車で寄るので、お酒は飲めない。そば焼酎もいただけないけれど、蕎麦に惹かれて、立ち寄るのが決まりになっている。

 素麺も、最近になって、好むようになった。

 頭痛持ちの私が、素麺を食べると、頭痛がした。

 敬遠していた、素麺が、これほど美味しいものかと感激したのは、

 夏の風物である、「はも鍋」の後に、入れる素麺の味だった。

 生の鱧と玉ねぎで、出汁が美味しくなった所に、素麺を入れて、出汁を一緒に頂く。

 薬味に、ゆず胡椒の香りと、三つ葉。

 なんとも美味しいものだろう。それ以来、家でも素麺を湯がくようになった。

 蕎麦にしても、素麺にしても、湯がき加減と出汁が命。勿論それ以前に、質の良い素材でなければならないけれど。そして、薬味。

 京都の蕎麦に、使われる七味には、山椒が入っていて、美味しい。

 蕎麦より、うどんの方が好きだという人も多い。蕎麦アレルギーだという友人がいる。

彼女も、うどんの汁が大好きで、残さず飲み干すのだけど、

うどん好きの人は、スープが好きな人が多い。

私は、以前は、ほとんどスープを飲まなかったのだけど、

最近は、その美味しさがわかるようになって、少し飲むように

なった。

京都の、大谷さんの傍、清水寺への上道の角にある、うどん屋の、

うどん出汁の旨さに、夏の暑い時期なのに、熱い汁をすっかり飲み干してしまった。

あまりのおいしさに、やめられなかった。

甘めの濃い汁だった。山椒と唐辛子の、絶妙の薬味との相性がたまらない。

讃岐に行くと、ゆでたてのうどんに、醤油とネギの薬味に、天かすや、生卵を

かけて、ぶっかけ、といううどんが定番。

ふらりと入ったうどん屋さん、坂出の「日の出うどん」と言った。

毎日、昼食に、うどんを二玉くらい、食べて暮らしてる、常連の客で、その店は賑わっていた。

うどんが、美味しいと思うようになったのは、その店以来だけど、やはり蕎麦の方が私は好きなので、麺類の店では、必ず蕎麦を注文する。

以前は、パリで、うどん屋や蕎麦屋を出しても、やっていけなかった。

肉食の西洋人には、あっさりした味がわからない。醤油くささも受け入れがたいものだった。

それが、今では、うどんを食べている人を見るようになった。

子供の頃、家の昼食といえば、毎日、決まって、うどん、だった。

給食を拒否して、毎日、昼食を食べに、家に帰っていた。

甘いあげの入ったきつねうどんか、肉うどん。

おそらく、父や祖父が、それを好んだからだろうが、工場の人達も含めて、簡単にふるまわれるものだからではなかっただろうか。

 私が、蕎麦を好む理由に、そのころの、うどん、の味と、イメージがこびりついているからかもしれない。