明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

猿之助の忠信

     

猿之助亀治郎の会を立ち上げて、10回目の最終公演は、国立劇場での、猿之助48番のうちで最も有名な、義経千本桜の中の、佐藤忠信と源九郎狐の早変わりを演じた時の楽屋裏でのけいこ風景や亀治郎の語り、出演者達の話などのビデオを見ていたので、南座での顔見せは、ひとしお興味深かった。

忠信から、2秒で狐に変身して、床下から出て来て観客を驚かせる為に、どんな方法がつかわれているのかというと、忠信の衣装の下にまとった、白狐の着物に変える為に、舞台上にいてお辞儀をしている間に、楽屋下から糸を引いて、上の着物が一気に取れるように工夫されていたり、天井から飛び出して床に滑りだす為に、回転するための鉄棒があって、それでくるりと回って、床に滑るように出て来る。

楽屋に入ると走りに走って、今度は、本当の忠信として着替えて、窓から顔を出す。その時は、脈拍180も打っているのだけれど、涼しい顔をしていなければならないので、息を整えるのが大変なのだ。

佐藤忠信から、源九郎狐に代わる時には、化粧を変えるので、舞台裏に化粧台を置いて、その場で化粧を加える。

 舞台で、身をそって、階段までそっくりかえる場面では、糸で支えている。その糸を、静御前役の芝雀が、足で踏んで、狐忠信が階段下に落ちないようにしている。

   

欄干の一つが、平均台くらいの幅になっていて、そこを狐忠信が、滑るように走る。

 そのような舞台の裏を見て、説明を受けていたのだけれど、顔見世では、ずっと進化していて、階段から身を反り返る場面では、糸の支えがなくて、静は、離れて立っていて、以前に糸を踏む位置とは全く違っていたのには、驚きだった。

 この舞台、観客は驚きの連続で、エンターテイメント抜群なので、クライマックスのせり上がり、空中を母狐の鼓を持って、歓びのあまり身を揺らせながら、踊りのふりで、観客の顔を見ながら、3階の私のすぐそばを通って消える。その最後の場面では、風を使って、桜の花びらが、吹雪のよう舞い上がり、私の目にも入りそう。服や床に一杯になった花びらを、観客は拾い集めて、記念にといいながら帰っていった。

2千回は、忠信をやると宣言してる猿之助だけれど、この舞台の過酷なこと.

 心臓に負担がかかりませんようにと祈る気持ち。