明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

春秋座「猿ノ助舞踊公演」

 

      

                                                                                           

 節分の今日、京都の春秋座で、芸術監督に就任した、猿ノ助の舞踊公演を観に行って来ました。

 春秋座という名前は、猿ノ助の曾祖父がつけた名前。

 猿ノ助の達筆な筆で、劇場の入り口にかかっっています。

  「助六」から、始まって、1時間のトークがあり、猿ノ助の舞台のビデオが、休憩時間を短縮するために上映され、2作目の「女助六」で幕を閉じますが、カーテンコールの後、節分なので、豆まきがありました。

 助六は、素顔で着物姿での踊りでした。

新鮮で、きりっとした美しさがあって、黒の着物の中袖に,紫があしらわれ、助六の衣装を思わせるのですが、袴姿は、舞踊家としての背筋を伸ばした美しさ。

 助六が終わると、黒い着物と袴姿にかえて、トークが始まりました。

 猿翁時代から、鼓で、演技を盛り上げて来て、今や猿ノ助にはなくてはならないパートナー田中が出演していました。

 春秋座は、猿翁さんが,猿ノ助時代に、芸術監督を務め,この劇場を作ったのも、猿翁さんが、あらゆる公演に使えるように、前、4列は地下に下がるとオーケストラボックスに早変わり。花道は両方に変えたり、のけたり出来る可動式、宙づりの施設も完璧、椅子と椅子の間から 配置し、女性トレイは、沢山作っているので、列を作って長く待たなくてもようように、などの工夫がいたるところにある,と言うことを、猿ノ助がトークで説明していた。

 京都の南座での顔見せと、春の春秋座での、若手を育てる顔見せを,猿翁さんは夢見ていた。

 猿翁さんは,浅草の公会堂での公演に長く出ていたので、京都にも、若手の登竜門としての顔見せが必要だと思ったのだろう。

 毎年、2月に軽井沢の別荘で稽古をする。キャベツ畑で稽古をする。朝から夜中の一時、二時まで、猿翁さんはエネルギッシュに、新しい試みとの格闘で、亀治郎時代の猿ノ助と伝治郎さん達弟子は,居眠りしながら、猿翁さんが熱く語るのを聞かされていた。

 軽井沢の思いでは,寒くて辛いことくらいだと笑っている。

 亀治郎は、こっそり抜けだして、サボっていたとか。

  歌舞伎には、の能や狂言を取り入れたのものが伝承されている。

 河原乞食の歌舞伎役者は、観ることも許されていなかったので、能舞台の軒下に潜り込んで、気配で覚えたのだと、猿ノ助さんが笑いながら語っていた。

 今でこそ、コラボレーションで、猿ノ助と能役者、狂言師とが、一緒に舞台に立つことが出来るので、幸せなことだと。

 歌舞伎は,出雲の阿国が,河原で踊って、お金を稼いだの始まり。

 

 

 

 

 聖というのは、乞食にも使われる言葉だけど、神聖なることも表す。汚れのない存在として.

 身分の最も低い存在である、歌舞伎役者が、その身分に誇りを持っているのは、時代を超えて、皆が最も憧れる自由で独創的な世界に生き、大衆に生きる力と希望を与える存在であるからだ。

 その伝統を継承しつつ、新しい時代のニーズに応えて、日日精進努力している彼ら、歌舞伎界を担っている、歌舞伎役者達は、エネリギッシュで感性が鋭くて、身体を酷使するのも厭わずに、想像の世界を彷徨う。

 歌舞伎役者を問わず、芸の世界に生きる人達は、腰が低い。ご贔屓にしてもらわないと,芸道の道は絶たれる

 絵の世界でも,演劇、オペラ、なんでもそうで、援助に支えられて、華を咲かせることが出来る。

 最も自由でありたい人達、人の意に迎合出来ない人達の才能を花咲かせる為に、人に頭を下げないといけない。

 矛盾していると思われるけれど、物事の裏表、どちらかがかければ、成りたたない。

 帰り道、バスを待つ長い列が出来ている。雨がぼそぼそ降り始めていた。

前にいる良く超えた婦人が、隣の女性と話をしている。

 「今度はリッツカールトンだわ。」

 「100万、30万、10万という,ファックスが来て、100万は、猿ノ助が部屋に来て、一人の為に踊ってくれて、食事の世話をして、お酒も付き合ってくれるらしい。すぐ売れたらしいわ。 30万は、やはり部屋に来て、若手と一緒に踊ってくれる。10万は、10人くらいの所で。10万のもすぐに売りきれて買えないので、一般のディナーの席を買って、今度は着物を着ていくわ。」と太った人が話している。

 隣の女性は、パンダの人形を抱いている。

「そんなの、部屋に一人で来られたら,押し入れに隠れて,出られない。」と同じ言葉を繰り返している。

  フアンクラブに入っている人達らしい。

 「猿ノ助は、あの若い人達を弟子として食べさせないといけないから、大変だわ。」

 「今日、腰をかばって座ってた。腰を傷めているよ、あれは。えんなに身体酷使してたら、50まで持たないわ。」と心配している。

 三重からやってきて、これから帰る。浅草も、どこもおっかけで日本中、猿ノ助の公演は、何度も観ているらしい。

「ああ、ベニスの商人が観たいわ。」地方公演で、随分観たけど、兵庫県立では、3日しかなかった。3日とも観たわ。」

 人の話を盗み聞きしていると、バスを待つ時間も忘れて面白い。

 凄いなあ,フアンは。私のはフアンろは言わないのだ。

  フアンは,猿ノ助のために、猿ノ助は、フアンあっての、猿ノ助。

  熱狂的なフアンがいて、熱狂的にフアンを喜ばせる為の舞台を作り出す。

  フアンの幸せに為に、フアンは猿ノ助が踊り続けられるために。