明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

「藤田嗣二の手紙」の危険性

  

  

今朝の朝日テレビで、「藤田嗣二の手紙」と題しての、民放教の番組を見た。

戦後、封印されて来たものが、最近、美化されて放映されるようになっている。

 藤田嗣二の戦争画が、戦争の悲惨さ,、むごさを描いているので、反戦

だと、私はかつて、パリ在住の吉田さんに言ったことがある。

 藤田嗣二の戦争画を集めた展覧会を日本で観た後だった。

吉田さんは、「藤田嗣二はだめだ。いくら素晴らしい芸術家だと日本では

賞賛されても、ヒューマニズムを重視するフランスでの評価は低い。」とい

われた。

ピカソゲルニカを描いたことで、偉大な芸術家だと認められている。

ピカソと藤田では、大違いだ、と。

その意味が、今朝の放送で、より鮮明になったのだけど、

田母神氏のような人が、何十万票も若者に支持され、今、NHKの評議委員に任命された百田さんの「永遠のゼロ」が動員人数トップを続けている状況において、この番組も、

国粋主義の台頭を美化する役割を担っていると、私は懸念している。

 パリの寵児ともてはやされた頃の藤田は、お河童頭で耳にはイヤリング、モンパルナスのキキを従えて、有頂天になっていたが、日本に帰り、お河童頭から、軍国の志に変身、

頭を刈り、 陸美の理事長になった。

 藤田嗣二が、同じく戦争画を描いていた、中村研一にあてて書かれた6通の手紙をもとにして、ドキュメンタリー放送が作られた。

中村の机の中にしまわれて、世に出ることのなかった手紙には、藤田嗣二が、

 愛国主義であったことを示している。

 戦争の間、彼は躍動感を持って、ダイナミックに絵画を描けた。藤田には、戦争に傾倒し、戦争の悲惨さ、人間の残酷さも、美の対象であった。

 藤田が深く落胆したのは、日本の様変わりだった。

昨日まで賛美されて指示されていたものが、戦争に負けるや否や、戦争加担者として、バッシングを受ける。

 手紙には、藤田は、日本の勝利を信じていた。戦争の悲惨さを描くことで、国民が米国への憎しみを増し、玉砕への道を歩むことを、美的なもの、麗しい精神だと高揚感を持っていたにちがいない。

藤田の描いた絵画の横に、軍服姿で水筒をかけて、絵の前に,さい銭箱を置いた。

 人々は、その絵を見て拝み、さい銭箱にお金をいれると、藤田は軍人のような敬礼をしてたと、当時を知る画家の、野見山さんは語っている。

美談にしてはいけない。

藤田嗣二は、パリで、お河童にしてピアスをはめ、闊歩していた場所を、日本の戦時体制に変えた。頭を軍人のように刈り上げ、軍服を来て、絵画の前で感激してくれる人達に答え、自らを美化し陶酔状態であったとおいうことだ。

東京の下町で生まれ、生粋の江戸っ子だった藤田だから、アメリカ嫌いから、フランスにのパリに憧れたのは明かだがパリを後にし、メキシコに滞在、メキシコの偉大な革命家であり、画家であるロヨラの真似をしたかったこともある。藤田の絵が、メキシコ風に色鮮やかに描かれる時期もあった。

戦争画を描いた画家達は、戦争への情熱もさることながら、ほとんどの人は、絵の具欲しさと食べていくためだっただろう。

多くの人が飢えで苦しんでいるにも、藤田は、農家から食料を得て、二日に一度は牛乳をもらい、お礼に絵を描いていた。

 つまり、彼は困窮したことがないのだ。

やりたいことはやってきて、国が負けたことに、酷く落胆した。

 自分が責められるいわれはないのに、と思ったに違いない。

アトリエで、多くの絵画を何日にもわたって焼いた。

 手紙に、2,3枚でも、残れば良いと買いている。

日本名を英字に変えた。世界の藤田嗣二の絵画として世に出る為に。

中村研二は、藤田が日本を捨てることに、深く落胆したと日記に続っている。

 以前にも、私は書いたが、これを見ても、藤田は我儘で、感情的な子供だった。

深い哲学的な思想があるわけではない。そこがピカソと大いに違うところだ。

作品とその作者を結び付けてはいけない。作品の独立性を主張することも出来る。

けれど、藤田は、日本が誇り世界的な画家の、第一人者である。

今日のドキュメンタリーで、藤田が、戦場に送られる若者に、色紙を書いていたことを取り上げ、猫と豆の絵の中に、「豆に生きよ。」と暗に生きて帰ることを願っていたという美談を入れている。そして彼は職人であったと。

「永遠のゼロ」もそう。生きて帰れと歌っている。が、その過程こそが問題だし、その根底にある哲学がなければならない。

情熱が先行し、情熱をあおるようなものが、日本人が好きだと言うことが問題だ。

ヒロシマ」を18万枚売上、日本のベートーベンだとはやされた、沢の河内さん。

NHKは、3度もドキュメンタリーで取り上げ、民放もこぞって放送した。

 裏切られたと怒っても、彼を寵児にした側の責任が問われるべき。メディアの影響がいかに大きく影響を及ぼすものであるかを反省すべきものである。

人の善意を利用することで、悲惨な戦争も起こりうるということ。

偉大なる音楽家ワーグナーが、ヒットラー独裁政権に利用された。

人の感情を揺さぶることの恐ろしさ、それを利用して高揚していく

今の政情を,怖れている。