明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

玉三郎「特別舞踊公演」南座

     

  ギリシャ戦との結果が、テレビで盛んに放映されている。

玉三郎は、サッカーの試合に熱くなっているのだろうか。

想像して見るが、その姿は浮かばない。

 朝、サッカーを観て、夜、南座で、これほど美しい人がこの世に存在するだろうか、

と思えるほどの美しさで、情緒あふれる、しっとりとした舞を舞っているのだろうか。

玉三郎は普通の人ではないという確信の方が現実的なように思われる。

 6時からの開演で、早めの食事をとっておいた方がよいと思い、友人と美濃吉で生ビールとお弁当、それに鰻寿司の半量を注文してお腹が一杯になった所で南座に。

 それなのに、舞踊公演は、7時20分に終了予定。

 地唄舞の時間が、最初の二つは、たったの10分で、間に20分の休憩をはさんで、最期の「鐘ヶ岬」だけが20分。

 着替えとお化粧直しの時間がいるので、休憩に20分とってもぎりぎりの所だろうけれど、玉三郎を少しでも長く観ていたいフアンに取っては、あまりに短い時間だ。

 釣簾の戸

時間じゃないよ、中身だよ、と納得したのは、玉三郎の舞を見て、心に深く焼きついたイメージを持ち帰ってからだ。

 買わないつもりのパンフレットを結局は買ってしまったことがすごく良かった。

他の役者の芝居のパンフレットとは全く違う、美の世界。

ほれぼれしながら、ため息まじりに、眺めている。

 一部の隙もなく、完璧という言葉でも言い足りない〈美しさ>

玉三郎が言っているように、「舞踊」は表現出来ないものを、表現することが出来る。

 目に焼きつき、心に描く、玉三郎の舞いは、激しく燃える恋の情念を狂おしいまでの美しさで、足先から頭の先、いえ、黒髪の一筋、心臓の鼓動が纏う着物に波打つまでに、

 手にもった団扇の動き、わずかな風のささやきまでも。

先日観た組踊りの創作舞踊での感激も蘇って来て、「ああ、もう一度観たい。」という切ない思いが永続的な形で持続している。

 組踊りでは、地詩の素晴らしさに魅了され、舞の様式美と難しさを認識したのが、

玉三郎がまさに、組踊りの「地詩」に深く魅了されていると語っている。

 組踊りでは、足を外に開いた舞で、日本舞踊では内側に引きこもった状態に舞うので、全く違った動きかたをするので、玉三郎に取っては未知の領域だったようだけど、玉三郎が組踊りと能と歌舞伎を融合させて、魅力あるものに、伝統芸能に息を吹きかけ、新しく蘇らせて、存続へと貢献している。

 鐘が岬 清姫

朽ち果てようとしてる大切なもの、人が忘れ去ろうとしている〈美〉を掘り起し、玉三郎の才能と体験、玉三郎が持っているあらゆる能力を発揮させ、想像し、創作という形で、

美の境地を開いて行く。

それこそが、玉三郎の世界なのだ。

玉三郎を見る時、心にしまっておけない感動が湧いてきて、友人と「美しいわね。素晴らしいわ。」と言いあいながらも、まだ言葉がたりないもどかしさをも楽しんでいる。

あっというまの、魅了された時間が終わって、でもまだずっと引きづっていて、

帰りに選んだ、カフェは、高瀬川沿いにある、「サロン、ド、カフェ、フランソワ」

大正時代のロマン主義的な、あるいは、昭和初期の、まだ日本が戦争で美的なるものが剥奪されていない頃の、文人達が集ったカフェの匂いをそのまま大切に残しているカフェ。

 黒髪

真紅の椅子がある方が、雰囲気があるのだけど、そこは喫煙席。 

 朝ドラで、女性作家が煙草をくゆらせながら、原稿を書いているのもカフェだった。

幸せだなあ、と思える瞬間。生きていることに切なくなる瞬間。

 玉三郎のあの美しい姿を見られるのはいつまで?

玉三郎自身が、自分で許せるまで、と言っている。彼の美学で許せなくなる日が近いようなきがして、なお愛しさが募る。