明日は別の日

のんびりと、マイペースでブログを書いて来ましたら、結構長く続いています。元気出して行きまっしょ、というタイトルから、一新するつもりで。

Liberty bell,Iindependence hall

昨夜も明け方まで寝られなくて、11時半まで寝ていた。完全に時差ボケ。

ベッドは柔らかくて、寝付けない。腰にこたえる。お腹が時に痛む。

抗生物質が効かないのだろうか。ほとんど食べないようにしている。

明日は雨との予報なので、今日は、オールドタウンの方に行くことにした。

市庁舎は、四方八方の道に抜けるようになっている。サーカスをここに作った

のも最初だとか。

市庁舎を抜けて、旧市街の方に歩くと、センチュリー21、ロスの大きな建物がある。

マーシャルという店に入って、アルガンオイルを探すと、口が割れたのがあった。新しいのはないかと聞いたら、ストックはない。ディスカウントだ、会計に持っていけというので、会計に持っていきディスカウントだと言ってるけど幾らなの、と聞いたら、10パーセント。口が割れているので、油が外に漏れているのに、たったの10パーセントとは、アメリカは、おおざっぱ。

日本だと売り物にならないので、まず売らないだろう。アルガンオイルを探してしゃがんでいる間に、お腹がまた痛くてしばらく我慢。センチュリー21ならトイレがあるはず。

センチュリー21にもよってみたが、ギフト用にセットになった化粧品が主でアルガンオイルはなかった。ルイヴイトンが最終のバーゲンになって出ていたが、元の値段が日本よりもずっと高いから、そう安くない。円安だから、特に

それからまた歩いて行くと、チャイナタウンが左手に見える。チャイナタウンは見る時間がないだろう

インデペンデンスヴィジターセンターに入ると、チケットを入手と書いている。

どこに使うチケットかわからずに、私も並んだ。

Liberty Bell のある建物で、セキュリティーがあるから、そこから入れと言われて、チケットを受け取り、リバティ、ベルの建物に。リバティベルにまつわる説明があって、その奥に、ベルが飾ってある。

ベルがたどった歴史は、独立戦争の歴史。アメリカが英国の植民地だった頃、自由のシンボルとして作られた。火災にあって、再構築された。ジョージワシントンの誕生日には、必ずこのベルを鳴らす

アフリカオリジンのアメリカンが、奴隷から自由への道に、このベルは象徴になっている。

チケットはどこでいるのか、と思って聞いたら、インデペンデンスhallを見学するのにいるのだそう。

公演の先にある建物がそう。のんびりとベルハウスを見ていたので、チケットを見るとあと5分で入らないといけないことになっている。あわててそこを出た。

インデペンデントホールも、別にセキュリティーがあって、中に入ると、説明を聞く人たちが座っている。

説明は早口で全然理解できず。

そこから、皆並んで、インデペンデンスhallに入って行った。

独立を話し合った、サロンでもあり、独立宣言を果たした部屋もある。

そこでは、黒人、女性、アーミッシュも参加し、議論を交わしていた。

羽根のペンや、書き物、椅子が置かれた、会議室の部屋。

鉄砲部屋、ダイニングなどを見学できる。

ジョージワシントンが座っていた椅子、トーマスジェファーソン、ベンジャミンクランクリン

などがここに集って、アメリカをスレーブから自由の身に独立することを熱く語った。

インでペンデンスホールの向かいに、ライブラリーホールが見える、広い公園の一角に、いくつもの見るべき建物がある。カーペンターホール、フランクリンコート、最初の銀行など。

4時半になっていて、4時までのカーペンターハウス閉館していた。

その辺を、フランクリンコートを探して歩いたが、わからずに、オールドタウンの方に入って行った。

Besty Ross houseという家があって、そこが開いていたので、入った。

55歳以上がシニアで4ドルの入場料。

何もわからずに入っているので、入ってから、ああそうなの、と言う感じ。

このハウスは、アメリカの最初の独立宣言の旗を作った女性の家だった。最初は、周りを囲むように出来ていた。

彼女は、3度結婚して、二度目の主人がロス。彼は独立に寄与した商人。

ロスという店は、サンフランシスコにもあるのだけど、フィラデルフィアのロスは、歴史を思わせる格調ある建物で、帰り道に、明かりのデコレーションが綺麗だったが、それはきっとそのロスの建物ではないかと思う。

他にも、ロスの銀行だったか、商会だったかの建物もあった。

べスティーと結婚して、一年後に亡くなっている。家は、小さなクエイカー教徒としての粗末な暮らし。べスティーは良く働く女性だった。

アメリカの独立宣言は、全ての人間が奴隷状態からの解放を歌い、自由で平等であるという理念に基づいている。

自由の鐘は、その誇りであり、シンボルであり、誰もがその鐘を鳴らさねばならないという信念を持っている。

それがあるからその信念はあるから、今のアメリカがあるのだ。

その道は、宣言後も、厳しかった。

リンカーンが、奴隷解放を宣言してからも、隷属状態は続いた。黒人は差別されてきた。キング博士が凶弾に倒れ、ケネディー大統領がダラスで暗殺された。

今でも、アメリカのどこかで、正当な扱いを受けていない人達がいる。

だが、その原点に、フィラデルフィアで、奴隷状態からの自由平等の宣言を打ち立てた、そのアメリカン精神が、生きているから、少しづつではあっても、自由平等の精神は浸透していっている。原点、つまりルーツが、自由と平等を歌っているから。

帰り道に、バーリンガムという巨大なストックがあって、そこでアルガンオイルを探した。

執念のようなもの。身体はくたくた。歩いて帰るだけの体力が残っているかとも。背中は洗濯板にように張り付いている。

あった。100パーセントアルガンオイルが。

7つ、あるだけ買った。

アルガンオイルは、ビタミンEが豊富で、保湿に優れている。

フィラデルフィアは、アウトレットストアが沢山ある。ホテルの向かい、ホテルの横にも。

フィラデルフィアは、衣服と靴が免税なのだそう。買い物一杯の人を良く見るが、他から、アウトレットで買いに来るのかもしれない。

町は浮浪者も目立つ。凍てつくような寒さの中、路上で物乞いをしている人達が目立つ。白人の人達が浮浪者になって、物乞いをしている。若い女性がいる。黒人はいない。

黒人も沢山いる。働いている人達。ホテルの客も、いろんな人種の人が泊まっている。ビジネスで来る人も多い。

ホテルに帰りついたのは、夜の9時半だった。

ロビーに置いているスナックは、今日はオリーブと、サルサとビスケットだった。ほとんど残ってないが、私は食べられない。りんごがあれば、と思っていた。昨夜もらったりんごが美味しかった。

部屋に戻り、やれやれで、昨日の残りのパンとスープで粗末な夕食。

抗生物質を飲んでいるから、ワインは飲めない。捨てることになりそう。

美味しいレストランを何軒か見つけていたけれど、何処にも行けないのが、残念。

ホテルで水は無料で提供してもらっている、レンジがと冷蔵庫があるので助かっている。

今日は気温が上がって、ダウンを着て歩くと、汗ばむほどだったが、部屋にいると、体が冷え込んでくるのがわかる。